Spa & Wellness Insight

森田 朗 氏
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健幸時代のスパ産業

日本未病システム学会所属
スパ研究家
丸山 智規 氏

日本のスパに期待されるのは、既に世界からリスペクトされている日本の伝統文化や食事、温泉等を含む特有の自然環境、日本人ならではのおもてなし等はもとより、健康長寿国である日本の各地の土地の恵みを活かした“健幸づくり”のための「ウェルネスツーリズム」を実現し、世界に広く啓蒙していくことだと思います。

ウェルネスツーリズムの中核となるスパ

昨年秋にオーストリアで開催された世界約40カ国の業界リーダー達が集う国際会合Global Wellness Summit にて発表されたGlobal Wellness Economy 2015によれば、全世界におけるウェルネスツーリスト(健康づくりを主目的とした旅行者)による旅行件数は6億9千万件に上り、その市場規模は約5630億ドルにも達します。今や同じ頃の全世界のスパ産業市場(約990億ドル)や、温泉市場(約510億ドル)を遥かに凌駕し、健康食/サプリ市場(約6480億ドル)やフィットネス/ヨガ等市場(約5420億ドル)、予防医療・公的医療費(約5340億ドル)といった既存の巨大市場と匹敵する存在なのです。(図表1)

図表1 Source: Global Wellness Institute, Global Wellness Economy 2015, Global Wellness Summit 2015

 また、2013年にSRIが発表したThe Global Wellness Tourism Economyでは、近年多様化する観光目的・スタイルの全容を示しています。(図表2) これによれば、ウェルネスツーリズムと同程度の市場規模を持つ食観光、エコ/持続可能観光、スポーツ観光の他、大きな市場を有する文化観光や、小規模市場の農業観光、医療観光、冒険観光、スピリチュアル観光、奉仕活動観光等の産業と組合せることで、より魅力的な市場として成長しています。

図表2 Source: Global Spa&Wellness Summit, The Global Wellness Tourism Economy, Prepared by SRI International, Oct. 2013

 なお、ウェルネスツーリズムは旅行市場全体の14%を占め、中でも温泉利用を含むスパ・ツーリズムが中核的存在となり、全ウェルネスツーリズムのほぼ半数(47%)を占めています。(図表3)

図表3 Source: Global Spa&Wellness Summit 2014, Global Spa&Wellness Economy Monitor, Global Wellness Institute

世界のデスティネーションスパ

 スパ・ツーリズムにおいては「デスティネーションスパ」と呼ばれる専門施設に滞在し、そこで提供されるプログラムにより心身共に健康になることを目的とする旅行形態が主流です。英国のシャンプニーズヘルスリゾートや、米国のキャニオンランチ等では、チェックインと同時に医療専門家等による問診を受け、利用者個々人の心身の課題やニーズ、体調等に応じて最適な健康増進プログラムが組まれ、滞在期間中に、専門家の指導による様々な運動、スパ施術等によるリラクセーション、栄養バランスが考慮された食事等を摂取することにより、集中的・効率的に心身の健康を取り戻していきます。また、ドイツやイタリア、オーストリア等ヨーロッパ大陸の山岳地帯等では、心身のリラックスや免疫力向上の為、天然温泉やサウナ等を取り入れた施設が多く、フランス等の沿岸地域では、海洋深層水を活用したタラソテラピーやアロマテラピー施術等を活用するのが特徴です。中東や北アフリカ等ではハマムが主流で、死海周辺では、紫外線を通し難い環境を活用した日光浴により乾癬やアトピーを緩和するための特殊なヘルスリゾート等もあります。一方、東南アジアでは、古くからの伝統医療・療法が特徴で、例えば、タイのチバソムや、バリ島のコモ・シャンバラ・エステート、インドのアーナンダ等では、それぞれ専門家達の指導の下、本格的なプログラムが提供されます。スパ・ツーリズムを通して、訪問先の国・地域ならではの健康づくりの文化を、身を以って体験できるのが旅行者にとっての最大のメリットなのです。

なぜ今、ウェルネスツーリズム?

 各国では急速に高齢化が進んでおり、2000年からの50年間で世界人口の60歳以上の割合が2倍以上になります。肥満者は1980年から2倍近くに増加。死因の6割は生活習慣病に起因しており、先進各国の医療費は2002から2020年の間に3倍以上に達する見込みです。一方、ストレス社会も深刻化する中、“いつまでも健康で美しく、若々しくあり続けることで、心身共に不自由のない幸福な人生を送ること”に、最大の価値観を持つ人が世界中で増えています。
 一方、旅行先での購買対象がモノよりもコト、その地ならではの“体験”を重視する志向が高まってきています。これらの価値観の変化から、人々が旅行に求めるスタイルも変割りつつあります。従前の、健康を無視した“娯楽旅行”では、食べ過ぎ、飲み過ぎ、寝不足、運動不足となり、返って旅のストレスが残ることすらありますが、健康志向の高いウェルネストラベルにおいては、ヘルシーフードはもとより、自然との繋がり、その地ならではの本物の体験等を通して心身をリラックスさせ、免疫力を高めることで未病・予防を促進するので、現代人の“健幸需要”にマッチしています。(図表4)

図表4 Source: Global Spa&Wellness Summit, The Global Wellness Tourism Economy, Prepared by SRI International, Oct. 2013
出典:月間DIET&BEAUTY「特集スパ グローバルスパ&ウェルネスサミット報告」No.144, 2014.12.25

 また、ウェルネスツーリズムを愉しむ旅行客にはハイクラスの高感度消費者層が多く、彼らの旅先での消費額は、一般の旅行者より平均で130%以上も多いそうです。
 さらに、ウェルネスツーリズムの顧客層は必ずしも「消費者」に留まらず、職員の健康維持を重んじる「会社」や「国・自治体」が顧客と成り得る為、消費者をターゲットとした従来の観光産業よりも安定的且つ大規模な市場へと成長していく可能性もあり、ウェルネスツーリズムは今後益々拡大していくものと考えられます。
 この状況を鑑み、日本ならではのウェルネスツーリズムを創出していくことこそが、我が国スパ・ウェルネス産業の未来を切り拓いていくものと確信します。

丸山 智規 (まるやま とものり)
財閥系シンクタンクにて、政府委託の各種ヘルスケア/スパ産業関連調査・研究事業及びスパ産業における市場やサービス基準、関連法規、資格制度等に関するグローバルな調査を多数経験。著名な経営者、有識者達が参加する国内外の主要スパ産業関連カンファレンス等において、各種レクチャーも行っており、スパ/ウェルネス業界における諸外国のキーマン達と幅広い研究交流ネットワークを有する。